ホーム > ヒカリラボ > トピック > 国際周期表年2019にちなんで「F(フッ素)」のお話 

国際周期表年2019にちなんで「F(フッ素)」のお話 

光で病気がわかる!?
~国際周期表年2019にちなんで
「F(フッ素)」のお話~

  • 執筆者
  • 大竹 良幸(おおたけ よしゆき) 浜松ホトニクス株式会社 中央研究所/専門分野:量子エレクトロニクス、量子光学、光物性

2019年は、「国際周期表年」
今年は、ロシアの化学者ドミトリー・メンデレーエフが元素の周期律を発見してから150周年の年に当たります。そこで、ユネスコと国際連合が「国際周期表年2019(International Year of the Periodic Table of Chemical Elements = IYPT2019)」を制定し、世界中で、さまざまな形で元素周期表にちなんだイベントが開催されています。

日本でも、私たちの元素というキャンペーン(ウェブサイト)で、未来の科学者となる中・高生、大学生を対象としたエッセイコンテストや、企業や大学からのメッセージなどを見ることができます。

この記事では「国際周期表年」にちなみ、この周期表の中から元素「F(フッ素)」を取り上げて、医療の現場でこんな風に使われているよ、ということを解説してみます!
国際周期表年2019
元素周期表
フッ素と光で 、小さいがんを見つける
「がん」は、男女ともに日本人の死亡率の1位である病気です。しかし、医療の進歩とともに、治療することができる病気になってきています。がんの治療で大切なのは、小さいうちに発見すること。そこで活用されているのが「PET(ポジトロン断層法)」という、フッ素の特性と光を使った診療技術です。

「PETによるがん検診」では、これまで発見がむずかしかった小さながんを見つけるために、がん細胞の性質をうまく利用しています。人間の細胞は食べたものなどから作られた「ブドウ糖」をエネルギー源として取り込んで活動していますが、がん細胞はふつうの細胞に比べてたくさんのブドウ糖を取り込む性質があります。ですから、ブドウ糖がより集まっている場所を見つけられれば、がんを発見することができるのです。
がん細胞の好物に「しるし」をつける
しかし、生きている人間の体の内側、ましてや細胞の中に集まっているブドウ糖を、どうやって見つけるのでしょうか。

PET検診では、FDGとよばれる検査薬を使います。FDGは、ガンマ線とよばれる光を放出する原子をブドウ糖に組み込んだもので、性質はほとんどブドウ糖と同じ。つまり、がん細胞の好物に「光のしるし」をつけたお薬です。

このFDGが人の体に注入されると、がん細胞はブドウ糖と同様にたくさんのFDGを取り込んで、ガンマ線を放出します。体の外に置いた高感度光センサでこのガンマ線を測り、集中している箇所を探すことで、がんがあると思われる場所を見つけることができるのです。
がん細胞が取り込んだFDGからのガンマ線を
計測することでがん細胞の場所がわかります
PET検診
検査薬FDGはなぜ光る? その正体とは
このように、ガンマ線という光のしるしで、がん細胞の存在を教えてくれるFDG。いったい、なぜガンマ線を放出するのでしょうか。そのためには、まずFDGが何でできているのかを知る必要があります。

FDG の正式な名前は18F-FDG といいます。FDGとはフルオロデオキシグルコースを英語にしたときの略語です。Fはフルオロ(フッ素がある)、Dはデオキシ(酸素が取れている)、Gはグルコース(ブドウ糖)を意味します。このように、化学薬品の名前はその構造を表わしているので、その名前からもFDGはブドウ糖に似ていることがわかります。

では、18Fとは何なのでしょうか。どうやら、こちらに「光のしるし」の秘密がありそうです。
実は、18Fはフッ素の「同位体」とよばれるもので、この同位体であることが、ガンマ線の放出という現象に深く関わっているのです。ここからは少し専門的になりますが、さらに詳しく見ていきましょう。
18Fは、フッ素の同位体元素“18F”
先程少し触れたように、18FのFは、元素記号でフッ素のことです。ここでフッ素原子の構造を考えてみましょう。

すべての原子は「原子核」と「電子」からできています、原子核はさらに「陽子」と「中性子」からできています。つまり原子は、「陽子」「中性子」「電子」からできていることになります。このうち「陽子の数」が元素としての性質を決めています。これが周期表でおなじみの「原子番号」で、原子の種類を表わしています。原子番号9のフッ素には、陽子が9個あります(電子の数も同じです)。
ところが、元素が同じでも中性子の数が違う原子があります。それが「同位体」です。同位体では通常、元素記号の左上に「陽子の数」+「中性子の数」を表記し、これを質量数とよびます。すなわち、18Fは質量数18のフッ素の同位体を表わしています。
原子の構造
18Fは“不安定”な同位体
同位体にはすぐに別の元素に変ってしまうものがあり、不安定同位体とよばれています。18Fもまた、放射性同位体とよばれる不安定同位体です。18Fの場合は、陽電子(電子と同じ性質で、プラスの電荷を持っている粒子:ポジトロンともよばれています)を放出することで、18Oという酸素の安定同位体に変化します。そしてこの時に放出された陽電子が、まわりにある電子と結合して、ガンマ線とよばれる光を放出するのです。PET検診では、このガンマ線を計測してがん細胞を見つけています。

PET検診の「PET」とは、P(ポジトロン:陽電子)、E(エミッション:放出)、T(トモグラフィー(断層法)を表わしており、日本語では「ポジトロン断層法」ともよばれています。

下の図は、18Fが18Oに変わる反応を描いたものです。18Fの中の陽子は陽電子を放出して中性子に変化します。これによって18Fの陽子が1個減って、原子番号(=陽子の数)が1個減ることになります。すなわち、フッ素は周期表で見てひとつ前の酸素に変化することになります。陽子が減って中性子が増えますので、質量数(=陽子の数+中性子の数)は変わりません。
フッ素18Fから酸素18Oへの変化
PETイメージング
PETイメージング
がん細胞は、正常な細胞よりも急速に増殖するのが特徴です。そのためには多くの栄養(グルコース)が必要なので、周囲の正常細胞に比べて、グルコースとその類似体である18F-FDGをより多く取り込む性質があります。
PETカメラを使って撮影すると、18F-FDGをたくさん取り込んだがん細胞からは、たくさんのガンマ線(光)が放出されているのがわかります。それを通常時の画像や正常細胞と比較して、がん細胞の検出を行います。
(左)全身PET画像、(中)断層PET画像、(右)断層PET-CT融合画像
これらの画像はPET検診により早期で発見できた、乳がん(Stage I)の症例です。オレンジの矢印で示した小さい点のようなところに、FDGの集積が見られます。また、PET画像を体の構造の画像(CT画像など)と組み合わせることで、がんの形態や位置、機能(細胞のはたらき具合)などより多くの情報を得て、早期発見に役立てています。
PET装置の近くでつくられる18F
このように放射性同位体が変化していくことで、その量が半分になってしまう時間を半減期とよびます。18Fでは約110分です。食べ物なら冷蔵庫に入れて長持ちさせることができますが、放射性同位体の半減期は、ほとんど環境の影響を受けません。そこでPET診断では、18F -FDGを診断する場所の近くで人工的に作っています。そこでは、電場で粒子を加速できるサイクロトロンとよばれる装置を使って、18Oを含む特殊な水に陽子を打ち込むことで、18Fを生成しています。酸素の陽子が1個増えることで、陽子の数が9個になり、原子番号9のフッ素に変わるのです(このとき中性子も1個放出されます)。
サイクロトロン
おわりに
この世の中のすべてのものを作る、たった118種類の元素。周期律という美しい法則を見出して、私たちは地球上にある元素も有限であるということ、そして自然のしくみを理解してきました。
冒頭で触れたように、今年は「国際周期表年」です。この機会に、ぜひ元素や、元素記号、周期表のおもしろさに触れて、元素を利用している私たちの暮らしについて、考えてみてください!
関連情報
メンデレーエフ周期律発見150周年 国際周期表年2019
https://iypt.jp/index.html
健康情報室(PETがん検診)| 浜松ホトニクス
https://www.hamamatsu.com/jp/ja/our-company/business-domain/health-care-information-office/features.html
このカテゴリの他の記事を見る