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Vol.05 ヒューゴ・ティエンポン

ベルギー発、フォトニクスの魅力と
価値を世界に広める

Prof. Hugo Thienpont

ブリュッセル自由大学副学長
フォトニクスチーム(B-PHOT)ディレクター

プロフィール 1984年、博士課程に入学し、応用物理を専攻。1990年、博士の学位を取得し、その数年後に教授に就任する。現在は、ブリュッセル自由大学副学長として大学と産業界との連携を担当する一方、フォトニクスチーム(B-PHOT)のディレクターとしてフォトニクスの基礎研究、応用研究および産業応用について研究を進めている。

ヨーロッパには、中学生が一人であるいは2,3人のグループで実験をしながら光工学(以下フォトニクス)を学べるキットがある。キットは企業の寄付によってつくられ、各地の学校に送られる。子供たちはキットを使いながら感覚的に光の技術を学んでいく。このキットの開発と普及を強力に推し進めているのが、ベルギーのブリュッセル自由大学副学長を務めるヒューゴ・ティエンポン先生。フォトニクスの黎明期より、その可能性を信じて、エンジニアの育成と産業界との連携を進めてきた人物だ。第5回のヒカリストはティエンポン先生のフォトニクスをめぐる熱い活動に光を当てる。

誰がレーザなんか欲しがるんだ?

「光学(以下オプティクス)に興味をもったのは30年前にさかのぼります」とティエンポン先生は話し始めた。「私はもともとエンジニアなのですが、30年前のエンジニアリングといえば電子工学や機械工学が主流。オプティクスは応用物理学の中に核物理学と並んだ特殊な分野としてあるだけでした」。

この頃、レーザダイオードや光ファイバの開発が少しずつ進んではいたが、「レーザはすごくいい光源だけど、あまり用途がない」というのが大方の見方だった。そんなとき敢えてオプティクスを選んだ理由はまさにここにあった。「既存の用途がほとんどないならゼロから始められる、これはいいと思ったのです。これなら全く新しい応用を考えられる」と。

1990年、非線形光学の分野で博士を取得したティエンポン先生は、「将来の産業界は全く新しいタイプのエンジニアを必要とするだろう。古典的なオプティクスではなくさらに広範な領域をカバーするフォトニクスのエンジニアを」と考えた。古典的なオプティクスがレンズを扱うとしたら、フォトニクスはレーザやセンサ、検出器などさらに進化したデバイスを扱う。カバーする範囲の違いは歴然だ。

そんな想いのもと1994年には、所属するブリュッセル自由大学でフォトニクスの修士課程を新設。

「私が修士課程を作ろうと言ったとき、大学の同僚は口々にクレージーだと言いました。誰がレーザを欲しがるんだ? 誰がフォトニクスを必要とするんだ? 誰も欲しいなんて言ってないぞ!と言うわけです」とティエンポン先生。

しかし先生には確信があった。フォトニクスが新しいトレンドになることは間違いないという強い想いがあった。特に目上の教授は「その方向は間違っている」と言ったが、「少なくとも、私の好きなようにやらせてくれたのは幸いでした」と振り返る。

ところが新しい世代の学生たちは教授たちとは全く違う反応をした。フォトニクスの説明会にはたくさんの学生が参加し、口々に「これは今までの機械工学や電子工学とは違う」と熱く語った。そして1,2年のうちには、多くの学生が、この新しい分野に入ってくるようになった。その数、1学年で15~20名ほど。ブリュッセル自由大学のような中規模の大学にしてみれば十分に大きな成功だった。

フォトニクスをもっとメジャーに

次にティエンポン先生が仕掛けたのは、フォトニクスを目に見える形にして見せることだった。それも産業界に対してアピールすることだ。「それで私はオプティクスやフォトニクスに関わりのありそうな産業界の人たちを招いて、ディスカッションをやることにしたのです。新聞記者も招きました」。そして、産業界から「そうだ!これからはフォトニクスのエンジニアが必要だ!」という声を引き出そうと考えたのだ。

ところがコトはそう簡単には進まなかった。

産業界から招いた人たちはことごとくこう言った。「我々はフォトニクスのエンジニアなどいらない。欲しいのは機械工学や電子工学やいろいろな工学の教育を幅広く受けているエンジニアだ。もしかしたらオプティクスやフォトニクスの知識が必要になるかもしれないが、会社に入ってからでも習得は間に合う」と。残念なことに「フォトニクスのエンジニアが欲しい」という声はまったくなかった。「これを聞いて私は頭を掻きました。新聞記者まで招いてこれでは全く格好がつきませんでした」。

しかしフォトニクスを学んだ学生たちが社会に出る頃になると、状況が変わってきた。この分野に関わるビジネスが盛んになってきたのだ。「オプティクスやフォトニクスを学んだ学生に対する最初の求人が大学に来た時、私はこの求人票を大量にコピーして大学中に掲示したのです。オプティクスやフォトニクスのエンジニアが社会から求められていることをアピールするために」とティエンポン先生は続ける。

ほどなく先生の研究室の電話は鳴りやまなくなった。「オプティクスやフォトニクスを学んで、まだ就職していない学生はいるか?」「誰が卒業するんだ?」「わが社は一番優秀な学生を採用したい」といった企業からの問い合わせがひっきりなしに続いた。

たとえば、ハイレベルのプロジェクタシステムをつくる会社やLEDウォールを手掛ける会社、テレコミュニケーション関連の企業などがフォトニクスのエンジニアを探していた。バイオや医療分野からも求人があった。印刷業界も。みんなフォトニクスや光工学を学んだ新しいタイプのエンジニアを望むようになっていた。

「ヨーロッパでは私たちの大学だけが、このような産業界の期待に応える人材を送り出すことができたのです。古典的なオプティクスも、光ファイバも計測技術も理解していて、さらに実践的に使いこなせる人材です」

“実践で使いこなせる”ことはティエンポン先生のこだわりだった。「学生たちには、レーザやLEDや検出器などを実践的に使いこなせるよう指導しました。研究費からいくらかを出して教育をしたのです。これは産業界から見ると画期的なことでした。というのも大学を卒業したばかりのエンジニアは、机上の理論は知っていても実践的な知識はないというのが当たり前だったからです」とティエンポン先生は言う。

フォトニクスの領域で、理論と実践を融合する効果は大きかった。しかし先生はさらにその先を目指していた。それは「エンジニアを産業界に送り出すだけではなく、産業界との連携を開始する」ことだった。大学で取り組む研究テーマをさらに発展させたいのなら、産業界と組むのが最も良い方法だった。

展示会場に研究室をまるごと出展

「私は産業界と連携し、ともに働くことを目指していました。そこで、また他から見たら、クレージーとしか思われない策に打って出たのです。」と先生は続ける。

ベルギーのフランダース地方で「フランダーステクノランド」という名称の大きな展示会が開催されることになっていた。とても大きな展示会で産業界からも一般からも多くの人が訪れるものだった。「そこに私の研究室をまるごと出展することにしたのです。20人ほどのスタッフと卒業生に加え、光学テーブル、レーザ、それに機材のすべてを、です」。

高名な大企業がブースを連ねる展示会に、初出展ながら120㎡ものスペースを確保できたのには理由があった。「当初、ベルギー自由大学からは電気自動車を研究する先生が出展を予定していました。非常に先見の明のある先生で、イタリアやスウエーデン、ドイツなど各国から多数の出展要請を受けていました。ところがあまりに多くの展示会に呼ばれてしまったので、フランダースの展示会には出られなくなってしまったのです」。大学は困った。120㎡のスペースは確保したものの出展するものが何もない。「そこで私が手を挙げたのです。私が出ます、と」。

フランダーステクノランドに出展した「Focus on Photonics」のブース。1996年。

「Focus on Photonics(フォトニクスに注目)」と名付けたティエンポン先生の研究室のブースには、産業界から多くの人が訪れた。バルコ(※1)のような大企業の経営者もやってきて「君たちは何をやっているのだ?」と尋ねてきた。「私たちはフォトニクスに関わっている。レーザや新しい光の研究をしているのだ」と答えると、「それはまさに我々が探していたものだ。来週、また会えないか?」と。

「私の答えはもちろん“イエス”でした。ところが一つ問題がありました。もし来週、彼らが研究室に来るのなら、展示物を全部持って帰らないといけなかったからです」とティエンポン先生は笑った。翌週、この経営者は会社のスタッフと一緒にティエンポン先生の研究室を訪問し、2週間後には、レーザを使った食材のスキャニングシステムの開発という大きな連携プロジェクトがスタートしていた。

「これ以降、この会社とは20年以上も一緒に仕事をしています。会社も喜んでいるし、もちろん私たちも嬉しい。まさにこの時から産業界との連携が始まったのです」

※1バルコ:ベルギーに本社を置く液晶ディスプレイ等の世界企業

サイエンスへの関心を取り戻す

 

ティエンポン先生は、フォトニクスに関わる産業界との連携のほかに、中・高校生に向けたフォトニクスの啓もう活動にも関わっている。「フォトニクス・エクスプロアキット」と名付けた教育課程で使える実験キットの普及を通して、子供たちのサイエンス、特にオプティクスに対する興味を高めようとしているのだ。なぜこうした活動を始めたのか。

「大学でフォトニクスの教育をするなら、良い学生に入学してもらわないといけません。ところが、学生たちの科学技術に向ける意欲が少しずつ減っているのです。これは悲しいことです。どうしてなのかと考えました。多分、現在の技術が、店で簡単に買えるものになっているからではないかと思います。Play Station4を買えば、素敵なディスプレイやブルーレイ装置、VRゴーグルやソフトウエアが付いてきます。どんな技術がそこにあるかを知らなくてもプレイができてしまいます」とティエンポン先生。

さらに続けて「私は、若い人たちが悪い、というつもりはありません。彼らには親がいて先生がいる。ヨーロッパで目にしているのは、先生たちの地位が下がっているということなのです。学生の頃、私は先生たちを尊敬していました。大好きな先生がいて憧れていました。でも今、先生たちに目を向けると、サラリーという観点からも、情熱という観点からも地位が下がっているように映ります。そして先生たちに与えられる資金や技術的な支援は、これまでの技術的な革新に釣り合うものではありません」。「数学や科学や化学の分野で素晴らしい先生を見つけるのが難しくなっているから、子供たちがこうした分野にあまり興味を持たなくなっている」とティエンポン先生は分析する。

では、私たちはこの状況に対して何ができるのだろうか。

「近年、中学校で生徒自らが実験をする機会が減っています。先生が実験をやってみせるのですが、子供たちは遠くから見ているだけです」。だからティエンポン先生は言った。「生徒が自分たちで実験したほうが良いんじゃないでしょうか」と。

生徒たちに自分で実験させると金がかかる、と誰もが言った。でもティエンポン先生は教育キットを作って学校に配布するというアイデアを思い付いた。生徒たちが一人で、あるいは2,3人のグループで実験できる機材が入ったキットを作ろうというのだ。

「私は欧州委員会に行ってこのアイデアの話をしました。そして申請書を書き、承認され、50万ユーロ(約6,500万円)の予算を獲得することができました。キットを開発するには十分な金額でした」

フォトニクス・エクスプロアキットの普及を目指して

フォトニクス・エクスプロアキット

どんな実験キットを開発すればよいかは、ヨーロッパ中の学校を回り先生たちに聞いた。すると、ほとんどの先生が同じような実験をクラスでやっていて、その多くはオプティクスだったり、レンズや干渉や偏光や色を扱うものだったりということがわかった。

「こういう知識は、理論で教えるよりも実践で教えるほうが身に付きます。だから我々は実験キットを作ったのです。キットの中には取扱説明書を入れて、生徒が自分たちで実験し、学んでいけるようにしました」とティエンポン先生。その後、50の学校でキットの検証を行い、先生や生徒たちからの反応を集めて、改良を施した。そして出来上がったキットは、生徒たちがオプティクスやフォトニクスを自分たちで探求していくことができるものになった。だから、「フォトニクス・エクスプロア(探求)キット」と呼ばれた。

こうしてキットの開発は完了したが、次に、どうやってキットを量産し、学校に配布するかという問題が待っていた。というのもティエンポン先生が獲得した資金は開発のためだけのもので、量産と配布に必要な資金の目途は立っていなかったのだ。

フォトニクス・エクスプロアキットの完成を発表するティエンポン先生(2012年12月)

ヒントをくれたのは企業の経営者だった。とあるイベントの懇親会で、一人の男性経営者に話しかけてみたのだ。「皆さんの企業は急成長していますが、良い研究者やエンジニアは簡単に採用できていますか?」と。

ティエンポン先生の質問に対する経営者の答えは「ノー」だった。そして「それが目下の大問題なのです」と続けた。ティエンポン先生は「私たちはまさにその問題に取り組んでいます。中学校で科学技術やオプティクスや数学を教える体制を再構築しようとしています」と応じた。男性は驚いて「あなたのやろうとしていることに、非常に興味があります」と言った。

ティエンポン先生はフォトニクス・エクスプロアキットを中学校に配布するアイデアを話した。すると男性は「いくらかかるのですか?」と尋ねてきた。

「そんなにはかかりません。キットひとつあたり150ユーロほどです。1回提供すれば5年以上は使えますし、キットが1つあれば少なくとも2回の授業、つまり50人の生徒に対応できます」とティエンポン先生。

男性は「素晴らしい」と言い、さらに「どうやって学校に配布するのですか」と尋ねてきたので、ティエンポン先生は「学校の名前を教えていただければ、私がそこに行って、まず先生方への教育をします」と答えた。

男性は続けて「私の会社の従業員たちに配れませんか?従業員の子供たちが通っている学校に配れないでしょうか?」と問いかけてきた。「もちろんできますよ。学校の名前を聞いてきてください」とティエンポン先生が答えると、男性は言った。「ではそのお金は私が出します」と。

これは素晴らしいことだった。もし企業が従業員に対して何かしてあげようとするなら、「みなさんの子供たちはどこの学校に通っているのですか?」と尋ねるだけで良いからだ。学校名がわかればティエンポン先生たちのチームがその学校の先生たちを招き、キットを提供し、使い方を教える。企業は、資金を提供するだけでいい。

キットで女の子たちが自信をつける

フォトニクス・エクスプロアキットは現在、主にヨーロッパで配布されているが、ティンポン先生はアフリカや南アメリカなど発展途上国への配布も夢見ている。もちろん日本語版の登場も待ち遠しい。そのためにティエンポン先生は、翻訳作業を手伝ってくれる熱意ある日本の先生方の協力を待っている。

現在までにヨーロッパで3000以上のキットが配られ、年間15~16万人の生徒たちがキットで学んでいる。このキットを使った実践的な学びを通して、子供たちが物理やフォトニクスをもっともっと好きになり、得意になっていれば、それが最大の成果と言えるだろう。

実はティエンポン先生たちは、ある調査機関に依頼してキットの効果を測定している。キットを使う前と後で、子供たちの科学に対する興味などがどう変化したかを調べているのだ。この調査から分かったのは、たとえば、女子生徒たちが以前より自分たちの能力に対して自信を持つようになったということだ。

「キットを使い始めた当初、女の子たちは“自分にはムリ!”と言います。対して男の子たちは自信ありげに“僕にやらせて”と言います。でもやってもらうと、たいてい男子生徒はあまり上手ではなく、女子の方がうまくできるのです。それで女子生徒が自信を持ちます。つまりキットのおかげで、学ぶだけではなく、感情面の強化や自信がつくことがわかったのです」とティエンポン先生。

大切なのはずっと続けること

フォトニクス・エクスプロアキットはヨーロッパで順調に普及をしており、中学校の先生たちがキットについての情報交換ができるFacebookページもできた。ある意味、先生たちのコミュニティづくりに貢献したことになる。しかし、ティエンポン先生たちにとっては、それは一つのステップに過ぎない。というのも、STEM(科学・技術・工学・数学)の領域では、生徒たちをひととき夢中にさせるだけでは十分ではなく、小学校、中学校、高校そして大学まで一貫して高い関心を持たせる必要があるのだ。もしこの期間のどこかが中断したら、熱意は損なわれてしまう。生徒たちには継続的なガイドが必要だ。

「そこで学校とは別にファブラボ(※2)でもフォトニクスに関われるようにしています。ファブラボとは色々な工作機械や設備がある場所で、自分の好きなようにロボットや車を作ったりできます。従来のファブラボでは電子工学や機械工学、プログラミングに触れることはできましたが、フォトニクスはありませんでした。だから私たちはファブラボにもフォトニクスを導入し、従来のファブラボ(FABLABO)をPHABLABS(Photonics enhanced fABLABS)に変えようというプロジェクトを進めています」。ティエンポン先生は続けて「私たちは若い人たちにこう言っています。もし新しいものを作りたいなら、ロボットを作ったりマイクロプロセッサのプログラミングをするだけでは足りない。そこにフォトニクスの要素を付け加える必要があるんだ、と」。

※2 ファブラボ:fabrication laboratoryの略。デジタルからアナログまでの多様な工作機械を備えた、実験的な市民工房のネットワーク

子供たちが憧れる先生を教室に

これからの教育、特に先生たちに向けてメッセージをお願いすると、「とてもシンプルなメッセージですが」と前置きして、こんな風に答えてくれた。

「私たちは、教室の子供たちの目の前に素敵なサンプルが欲しいのです。子供たちの関心の的となるのにふさわしい、ロールモデルのような先生です。子供たちにただ優しいだけでなく、人生とは、生きるとはこういうものだということを教えられるような先生です。人生はやっただけのことはある、でもそう簡単にはいかない、ということを」

インタビューの2,3か月前、ティエンポン先生はベルギーの王に会ってフォトニクスについての説明をしたという。そのとき王から「未来はどうなると思うか?」と問われたので、「そう明るくはないですね」と言い、次のように続けた。「私は本当に次の世代について心配しているのです。もし王として何かしてくださるのなら、素晴らしい先生たちに投資をしてください。先生たちのレベルを上げ、子供たちの意欲を高めるような素敵な授業ができるだけの十分な時間を与えて欲しいのです」。

先生たちにプロ意識をもう一度取り戻してもらうことが重要だというティエンポン先生。そして「子供たちにはパソコンやタブレットを与える代わりに、レゴやメカノ(組立おもちゃ)や、なにか自分で組み立てられるものを与え、想像力を駆使して、あれもできる、これもできると考えられるように仕向けてほしい」と語る。

「私が子供たちに言いたいのは、人生は素晴らしい、だけど、そう簡単にはいかない、でも大変な時でさえ、得るものがあるということです。“一生懸命勉強しなさい”というのは簡単ですが、もっと大切なのは、勉強して得た新しい知識で、どんな新しいことができるようになるのか考えることです。往々にして先生たちは勉強の目的を教えない。だから子供たちは興味を失ってしまうのです」

言うは易し、行うは難し。だからこそティエンポン先生はフォトニクス・エクスプロアキットを開発して、子供たちに配り始めた。そして、それは実に、うまくいき始めている。

フォトニクスと他の技術との融合が世界を変える

さて、フォトニクスはあらゆる産業分野を支えるKey Enabling Technology(※3)と呼ばれているが、今後どのように発展していくのだろうか。

「フォトニクスがKey Enabling Technologyでありつづけることは間違いありません。フォトニクスという技術自体がまだ大きく進化を遂げ、もっと良いレーザやもっと感度の高い検出器などが登場するでしょう。また、大きなものを扱うメガフォトニクスや、極小の領域を扱うナノフォトニクスといった方向へも進化をしていくはずです。これによって、過去誰にも成し遂げられなかったことが実現できるようになるでしょう」とティンポン先生。「けれど本当の革新は、フォトニクスが他のKey Enabling Technologyと連携したときに起こるはずです」と付け加えた。「バイオや先端材料やAIなどの技術との組み合わせで、本当に世界を変えるような技術が生まれるはずです」と。

ところがここに一つの懸念がある。フォトニクスのエンジニアも学生も研究者も、まだその準備ができていないのだ。ティエンポン先生は言う。「現在も素晴らしいフォトニクスのエンジニアはいるし、バイオのエンジニアもいる。でも両方の最良な技術を組み合わせることができる人材がいないのです。教育システムを見直さないといけません。もっと分野を横断した教育を進める必要があります」。これが難しいのは言うまでもない。ある領域を深く追求すると同時に、広い視野であらゆる分野を統合できる人材を育成する必要があるからだ。ティエンポン先生はここに強い危機感を覚えている。

「私たちは高度な技術やイノベーションに支えられる経済や社会を作っておきながら、実際にその社会を動かし、テクノロジーを生み出すのにふさわしい資質をもった人材を育成してこなかった。もし、橋が崩れたり、原子炉が誤作動したり、バイオ研究所で間違いがあって伝染病が広がったりしたら、どうなるか。つまり、知識は責任感とともにあるべきで、私たちは責任感をもって、賢く、一生懸命にことに当たる必要があります。悪い面を指摘したいわけではないのですが、私たちの世代は、今何が起こっているのか、なぜ起こっているのか、この局面を変えることはできるか、を常に問い続けなければいけないと思っています。」

※3 Key Enabling Technologies:欧州連合がイノベーションの基盤としてとくに重要視する6つの技術で、micro and nanoelectronics、nanotechnology、industrial biotechnology、advanced materials、photonics、advanced manufacturing technologiesを指す。これらの技術があらゆる産業分野で応用され、経済成長や社会的課題解決ために重要な役割を果たすことが期待されている。(参考文献:https://ec.europa.eu/growth/industry/policy/key-enabling-technologies_en

フォトニクスを産業界に広めようと考えた当初から、ティエンポン先生には、フォトニクスが将来必ず産業界に必要とされるようになるという確信があった。その理由はもちろん光工学の潜在的な可能性を信じていたからなのだが、一方でSF映画の影響も大きかったという。

「スタートレックです。スターウォーズじゃないですよ。私の世代はスタートレック、変な耳をしたスポック博士が出てくる……ご存知ですか?」と笑うティエンポン先生。「このテレビシリーズにはトラクタービームやフェイザー砲、トランスポンダーや万能翻訳機などが出てきました。当時は想像上のものでしかありませんでしたが、いま見てみると、たとえば私のスマホはコンピュータや万能翻訳機付のトランスポンダーみたいなものです。呼び出し音がして遠くの人と話ができる……」

サイエンスが大好きで、素晴らしい人たちと一緒に仕事をするのが楽しくて、人々の生活の質の向上に貢献できて、若い世代に新しいチャンスを提供できる、そんな仕事ができることが無上の喜びというティエンポン先生。その尽きぬ好奇心と熱量の高さは、関わる人たちの多くに伝染していくようだ。