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ニュートリノ
<連載 第2回> ニュートリノ
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大須賀 慎二(おおすか しんじ) 浜松ホトニクス株式会社 中央研究所/専門分野:光計測(微弱光計測)、放射線計測、数理統計
「幽霊の粒子」?ニュートリノ
今回は、素粒子の中でも「幽霊の粒子」とも呼ばれるニュートリノについて書いてみます。
ニュートリノは物質を構成する素粒子のうち、レプトンと呼ばれるグループの仲間で、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類があります。(レプトンには、他に電子、ミュー粒子(ミューオン)、タウ粒子があって、全部で6種類です。また、レプトンではなくクオークと呼ばれるグループの素粒子も6種類あります)
ニュートリノは物質を構成する素粒子のうち、レプトンと呼ばれるグループの仲間で、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類があります。(レプトンには、他に電子、ミュー粒子(ミューオン)、タウ粒子があって、全部で6種類です。また、レプトンではなくクオークと呼ばれるグループの素粒子も6種類あります)
ニュートリノは、1930年にオーストリア生まれの物理学者ウォルフガング・パウリにより、原子核のベータ崩壊の前後でエネルギーが保存されるようにするため、その存在が提唱されました。なお、ニュートリノと命名したのはイタリアの物理学者エンリコ・フェルミです。ニュートリノは電気的に中性で、質量は非常に小さいかあるいはゼロ、と考えられました。他の物質と相互作用をすることはまれであり、ニュートリノが実際に検出されたのは、米国の物理学者フレデリック・ライネスとクライド・コーワンによる1956年のことでした。パウリによるニュートリノの提唱から、実に四半世紀が過ぎていました。
ライネスとコーワンの実験では原子炉で発生するニュートリノが検出されましたが、その後の観測技術の進歩により現在では、この原子炉ニュートリノの他にも、太陽中心部で発生するニュートリノ(太陽ニュートリノ)、超新星爆発から放出されたニュートリノ(超新星ニュートリノ)、太陽系外から飛来する宇宙線が大気中で引き起こす核反応により発生するニュートリノ(大気ニュートリノ)、地球内部にある放射性元素の崩壊に伴うニュートリノ、さらには、高エネルギー加速器により生成された加速器ニュートリノ、等を観測するさまざまな実験が行われています。このうち、地上の1平方センチメートルに降り注ぐ太陽ニュートリノの量は、毎秒600億個以上とされていますが、私たちがニュートリノを感じることはありません。
ニュートリノをつかまえる
ニュートリノを検出し観測する実験では、さまざまな物質がニュートリノをつかまえるために使用されています。例を挙げれば、1960年代後半から太陽ニュートリノの観測を行った米国のレイモンド・デイヴィスの実験では、ニュートリノをつかまえるために600トン以上のテトラクロロエチレンと呼ばれる塩素を含んだ液体が使われました。また、日本のスーパーカミオカンデ実験では、5万トンの超純水(不純物を取り除いた非常にきれいな水)が使用され、カナダのSNO実験では、1,000トンの重水が使用されています。なお、重水とは、水分子中の2個の水素原子を、陽子1個と中性子1個の原子核を持つ水素の同位体である重水素と置き換えたものです。
これらのニュートリノ検出実験に共通していることは、極めてまれにしか物質と反応しないニュートリノをつかまえるために、大量の物質を用意していることです。また、いずれの実験施設も、ニュートリノ検出の妨げとなる宇宙線ミューオンを避けるため、地下深くに設置されています。実際、デイヴィスの実験装置は金鉱山の地下1,500mに設置され、スーパーカミオカンデは神岡鉱山の地下1,000m、そして、SNOはニッケル鉱山の地下2,000mの場所に建設されています。
スーパーカミオカンデ実験
日本で行われているニュートリノ実験として、スーパーカミオカンデ実験を紹介しましょう。スーパーカミオカンデ実験では、直径と高さがそれぞれ40m程度の円筒形のタンクに、5万トンの超純水が蓄えられています。ニュートリノがこのタンクの中に飛び込んでくると、ごくまれに、水分子中の電子を弾き飛ばしたり、あるいは原子核の中の陽子や中性子に衝突して電子やミューオンがつくられたりします。電子やミューオンのような電気を帯びた粒子が高速で水中を運動すると、チェレンコフ光と呼ばれる光が発生します。スーパーカミオカンデでは、水タンクの内面(底面・側面・天井部)に直径50cmの光電子増倍管11,200本を取り付けて、チェレンコフ光を検出します。そして、各光電子増倍管からの信号を解析することで、ニュートリノのエネルギーや種類、飛んできた方向を調べています。
スーパーカミオカンデ実験についてもっとよく知るには、スーパーカミオカンデ公式ホームページにわかりやすい説明があります。
2015年のノーベル物理学賞受賞で話題になった、ニュートリノ振動
2015年のノーベル物理学賞は、ニュートリノに質量があることを示すニュートリノ振動の発見、を理由として、東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章先生とカナダ・クイーンズ大学名誉教授のアーサー・マクドナルド博士に授与されました。梶田先生とマクドナルド博士は、それぞれスーパーカミオカンデ実験とSNO実験を代表する物理学者です。
ところで、ニュートリノ振動とはどのような現象でしょうか。その説明のために、ニュートリノ検出実験の歴史を辿ってみたいと思います。
太陽ニュートリノ問題
1960年代後半から始まったデイヴィスの実験では、太陽からやって来るニュートリノを観測していました。太陽のエネルギーの源は、太陽中心部で4個の陽子からヘリウムの原子核が作られる核融合反応であると考えられています。その過程でニュートリノが発生するため、太陽からのニュートリノが観測されれば、 太陽に関する理論の正しさが確認されることになります。デイヴィスの実験で確かに太陽ニュートリノは観測されましたが、観測された数は、太陽の理論モデルが予測する数の3分の1程度でした。観測された太陽ニュートリノが理論の予測よりも少ないことは、その後、「太陽ニュートリノ問題」と呼ばれることになりました。太陽ニュートリノは、スーパーカミオカンデ実験の前身であるカミオカンデ実験(※)でも観測され、やはり、観測されたニュートリノが理論予測よりも少ない、という結果が得られました。
(※)カミオカンデ実験では、梶田先生の師匠にあたる小柴昌俊 東京大学特別栄誉教授が、1987年2月23日に太陽系からおよそ16万光年離れたところにある大マゼラン星雲の超新星爆発でつくられた11個のニュート リノを検出した功績により、2002年にノーベル物理学賞を受賞しています。これにより「ニュートリノ天文学」という新しい研究分野ができ、その後ニュートリノをめぐる科学、素粒子を探求する科学は発展を続けています。
ニュートリノに質量がある、という仮定
さて、太陽の中心部でつくられるニュートリノは、電子ニュートリノです。そして、デイヴィスの実験もカミオカンデ実験も、電子ニュートリノを太陽ニュートリノとして観測していました。それでは、もし太陽の中心から地球に届くまでの間に、太陽ニュートリノの一部が、電子ニュートリノから他の種類のニュートリノに変わっていたとしたら、どうなるでしょうか。デイヴィスの実験では、電子ニュートリノだけが検出されるため、観測される電子ニュートリノの数は、理論モデルが予測する太陽の中心で発生したときの数よりも少なくなります。
素粒子の標準理論では、ニュートリノは質量を持たないとして扱われていました。ここで、もしニュートリノが質量を持っているとしたら、どんなことが起こるでしょうか。理論的な検討から、ニュートリノに質量があるとすると、ニュートリノが飛んでいる間にその種類が周期的に変化する「ニュートリノ振動」 現象が起きることがわかりました。つまり、最初は100%が電子ニュートリノであっても、飛んでいる間に飛行した距離に応じた比率で他のミューニュートリ ノやタウニュートリノが混ざってくる、と言うのです。電子ニュートリノについて言えば、その数が飛行中に減ったり、また元に戻ったりを周期的に繰り返すのです。
2つの実験で、ニュートリノ振動の発見に成功
やがてニュートリノ振動は、スーパーカミオカンデ実験とSNO実験により、実験的に発見されました。
スーパーカミオカンデでは、地球の大気に飛び込んでくる宇宙線(おもに陽子)が引き起こす核反応から発生する大気ニュートリノを観測しました。ニュートリノは地球をやすやすと通り抜けることができるので、スーパーカミオカンデでは、真上の大気で発生して下向きに飛んで来る大気ニュートリノだけでなく、地球の裏側の大気で発生して地球を通り抜けて来る上向きの大気ニュートリノも検出されます。観測の結果、地球の裏側から、より長い距離を飛んで来る上向きのミューニュートリノの数が、下向きのミューニュートリの数と比べて明らかに小さいことがわかりました。電子ニュートリノについては飛んで来る向きによる数 の違いが見られなかったことから、地球の裏側から飛んできたミューニュートリノの一部がスーパーカミオカンデに届く間に、ニュートリノ振動によりタウニュートリノに変わったと考えられます。この実験結果は1998年に発表されました。
SNO実験では、電子ニュートリノだけでなく、電子ニュートリノがニュートリノ振動で変身したミューニュートリノとタウニュートリノを検出することができます。電子ニュートリノだけを数える方法とすべてのニュートリノを数える方法で太陽ニュートリノを観測すると、電子ニュートリノの数は、他の実験の結果と同じように理論が予測する太陽ニュートリノの数よりも少ないのですが、全種類を合わせたニュートリノの数は、理論の予測と一致しました。つまり、太陽の理論モデルの予測は正しく、太陽ニュートリノが少なく見えたのは、ニュートリノ振動により電子ニュートリノが他の種類のニュートリノに変わっていたからです。SNO実験の最初の結果は、2002年に発表されています。
ニュートリノ研究のこれから
現在では、ニュートリノ振動をさらに深く調べるために、加速器を使って発生させたニュートリノ(加速器ニュートリノ)に長距離を飛行させ、ニュートリノ実験施設に打ち込む実験が行われています。スーパーカミオカンデでは、295 km離れた茨城県東海村にある陽子加速器で発生させたミューニュートリノを検出する実験が行われています。素性のわかった人工のミューニュートリノを使い、実際に検出されたミューニュートリノの数が、ニュートリノ振動がない場合に予想される数からどれだけ減っているかを調べる、あるいは、ミューニュート リノが変身した電子ニュートリノを検出することで、ニュートリノ振動についてより詳しく調べることができるのです。
ニュートリノ振動の発見は、素粒子物理学にとってどのような意味を持っているのでしょうか。素粒子物理学の標準理論では、ニュートリノは質量を持たないとされてきました。しかし、ニュートリノ振動は、ニュートリノが質量を持ち、またニュートリノの種類が混ざり合うことによって起きます。したがって、ニュー トリノ振動の発見は、ニュートリノが質量を持つような標準理論の拡張、あるいは、標準理論を超える新しい理論の構築を求めています。ニュートリノが質量を 持つことを仮定した理論的な検討からニュートリノ振動が理論的に発見され、そして、ニュートリノ振動が実験的に発見されると、今度は、新しい理論の構築が求められています。このように、素粒子物理学における理論と実験、それぞれの発見が繰り返されることで、物質の成り立ちに関する理解は深まっていきます。
スーパーカミオカンデでニュートリノをとらえる光電子増倍管
最後に、スーパーカミオカンデで使用されている光電子増倍管について。スーパーカミオカンデでは現在も実験・観測が行われていますので、タンクの中に入っ たり、のぞくことはできません(仮に実験中にタンクの中を見れたとしても、超高感度、大口径(直径50cm)の光電子増倍管でも検出できるフォトンの数はわずかに数10個程度ですから、直径7mm程度の人間の眼では、チェレンコフ光も見るのは難しそうです)が、使用されている光電子増倍管の実物はいくつかの施設で展示されています。
ニュートリノの研究に大きな役割を果たしているこの光検出器は、歴史的に見ても価値のある製品として認められ、2014年にはIEEEのマイルストーン (電気・電子テクノロジーの偉業に対して認定される賞で、古くは電池や電話の発明、日本では新幹線や電卓などが選ばれています)に認定されています。近く に行ったときにはぜひ、この製品を見て、はるか遠い宇宙を幽霊のように旅してくるニュートリノに思いをはせてみてはいかがでしょうか。
20インチ光電子増倍管を展示している施設
道の駅 スカイドーム神岡(岐阜県飛騨市神岡町夕陽ヶ丘6番地)
浜松科学館(静岡県浜松市中区北寺島町256番地の3)
浜松市立城北図書館(静岡県浜松市中区和地山二丁目37番2号)
高柳記念未来技術創造館(静岡県浜松市中区城北3丁目5)
国立科学博物館(東京都台東区上野公園 7-20)
日本科学未来館(東京都江東区青海2-3-6)
多摩六都科学館(東京都西東京市芝久保町五丁目10番64号)さいたま市青少年宇宙科学館(埼玉県さいたま市浦和区駒場2-3-45)
佐賀県立宇宙科学館(佐賀県武雄市武雄町永島16351)
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