Vol.08 上杉 健太朗
世界最高性能の
大型放射光施設SPring-8で
ここでしか見えないものを見せる
分析・実験のプロフェッショナル
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)
放射光利用研究基盤センター
散乱・イメージング推進室
主席研究員・コーディネータ
記事掲載日:2023年6月16日
所属先・肩書その他の情報は当時のものです。
2003年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)によって打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」は想定外のトラブルの末に2010年6月、小惑星イトカワで採取した微粒子とともに地球に帰還した。続く2014年には後継機である「はやぶさ2」が打ち上げられ、6年後、小惑星リュウグウの内部物質を持ち帰った。
これら未知なる物質の分析には、高度な技術が必要とされた。その仕事の一端を担ったのが、今回のヒカリスト上杉健太朗先生。世界最高性能の大型放射光施設SPring-8で、ゴムや金属などの材料から岩石・鉱物、動物にいたるまでのあらゆる分野の研究に伴走する分析・実験のプロフェッショナルだ。
小さいものを見るのに優れたSPring-8のX線放射光設備
大学院生の頃からSPring-8に関わってきたという上杉先生に、まずは「SPring-8」で何がわかるかを尋ねた。
「SPring-8は世界最高の電子エネルギーで運転される放射光施設です。放射光というのはあらゆる波長の光が出てくるのですが、そのなかでも狭い範囲に集中してやってくる強いX線を利用する設備となっています」と上杉先生。その強いX線は、弱い信号を取り出すのに向いている。
可視光の顕微鏡でサンプルを見るときは、まず5倍などの低倍率で光を当てて見る。そして観察したい場所を特定したら、倍率を10倍、50倍と上げ、さらに細かなところに焦点を合わせていく。
「ところが顕微鏡のリボルバーを回して倍率を変えただけでは、見たいものが見えないことがありますよね。それで見る場所やフォーカスを調整したりする。さらに、光の量を増やします」
つまり、イトカワやリュウグウから持ち帰った粒子のように本当に小さいものを見ようとすると、光量を増やした密度の高い光が欲しくなる。放射光X線というのは、それに非常に適したX線と言えるのだ。SPring-8が「大きい顕微鏡」と呼ばれるのには、そんな理由がある。
X線といえば健康診断で使われるレントゲンを連想するが、それと同じなのだろうか。
「レントゲンは身体や物質のなかの様子を知る検査法(X線イメージング)ですが、X線は物を透過するときに条件が揃うと別の方向にシュッと曲がっていく性質もあります。回折、ディフラクションと言うのですが、これが物質の構造の周期を表してくれます」
専門用語で「X線回折」。これが物質の構造の周期を表してくれる。つまり、X線が曲がる角度がわかれば、そこにある物質が特定できることになる。この回析とX線イメージング、そしてX線を物質に当てて放出または反射される光を測定する分光法の3つが、SPring-8で使われる分析のためのテクニックだ。いずれも物質の状態を得る手法で、SPring-8を使うことで、小さいものや狭いところからの情報が得られる。
サグラダファミリアのように実験装置を改良し続ける
ではSPring-8で、上杉先生はどのような仕事をされているのだろうか。
「僕がここに就職したのが2000年4月です。以来、SPring-8のX線を利用するビームラインで実験装置をつくり、ユーザーさんが望む分析結果を導き出せるよう一緒に実験をしています」と上杉先生。
SPring-8にあるビームラインは現在57本。上杉先生はこのうち4本に関わり、実験計画から実際の実験、さらに実験の成果を使ってユーザーが論文を書いたり、成果発表したりするまでをサポートしている。
なかでもメインの仕事は、実験装置の製作だ。先生自身も、作った装置を一般に公表するために、論文を書いたり、学会発表したりしている。
「基本的にはビームライン担当者というお仕事がメインです。ユーザーさんの『こういうことがしたいんです』という希望の第一歩からお付き合いするような、そういう仕事ですね」
ところで上杉先生に要望を持ち込むユーザーはどんな分野の人たちなのか。
「本当にいろいろですね。地球科学分野の人から『マグマの粘性を調べたい』と言われることもありますし、スイスの方から『マウスの脳の脳幹のところの分析をしたい』という話が来たこともあります。ほかに、材料系、生物、電池とかもあって、産学、分野を問わず、あらゆる要望に対応している」とのこと。
時に、警察の鑑定のお手伝いをすることもあるそうで、まさに「何でも来い」状態。「X線は中を見るツールだから、中を見たいのなら何でも対応します」というスタンスなのだ。
話をする上杉先生から楽しそうな雰囲気が伝わってくるが、この仕事のどこに魅力を感じておられるのだろうか。
「実験装置を作るのも面白いし、ユーザーさんと今まで誰もやったことない新しい研究ができるのは、やっぱり面白いですよ」と語る上杉先生。
実験装置は先生がゼロから設計し、部品を調達して仮組みをする。そしてうまくいきそうなら本格的に組み上げていく。
「実験装置に完成形はないんです。スペインのサグラダファミリアみたいなもので、常に成長し続けている。だから途中で止められないんですよ(笑)」
「コンピュータが使えて、体力があるヤツをよこしてほしい」
では、上杉先生がこの世界に入った経緯を聞いてみよう。
「東工大の修士課程でコンピュータシミュレーションの研究をしていました。そろそろ修士課程は終わりという頃になっても、就職活動をまったくしていなかったんです。修論発表の日に指導教官に『君、どうするの?』と言われて……。とりあえず、それまでやっていたシミュレーションの研究は続けていきたいと思っていたので、同じ研究室にもう一度、博士課程の試験を受けて入ったんですね」と笑いながら話す上杉先生。
大分イレギュラーな顛末だが、試験を受けた結果、幸いにも合格。東工大の博士課程に所属する上杉先生のもとに、ある日、大阪大学から「SPring-8を使ってX線CT装置を作りたい」という話が舞い込む。
大阪大学からの要望は「SPring-8で隕石や岩石を壊さずに中の情報を引き出すようなことができるから、やりたい。でも、人がいない。コンピュータが使えて、体力があるヤツをよこしてほしい」というものだった。そこで、白羽の矢が立ったのが上杉先生。「そんなに面白い話があるんだったら、お願いします」と、ほどなくSPring-8に研究の場を移すことになった。
X線CT装置をつくる仕事は期待通り面白かった。自分でソフトを作り、カメラや部品を買い、CTのデータをとるシーケンスを自分で書いて、装置を作った。半年ぐらいで画像の再構成ができるようになり、1年ほど経つと、できた装置を使ってユーザーがデータを取り始めた。
「当時は僕も体力が無尽蔵にあったので、1日18時間ぐらいユーザーさんと一緒に実験していました。それが結構、面白かったんです。きっかけは偶然でしたが、それを起点にして、面白いことが展開していった」と上杉先生。気づくと、どっぷりとこの世界に浸っていた。
5年かけて準備したリュウグウの粒子の分析
では、今までで一番印象に残っている研究は何だったのか、聞いてみよう。
「研究という意味では、やっぱりリュウグウから持ち帰った試料ですね。あれは、準備期間を入れて6年もやっています。分析自体はここ1年くらいでやっていますが、その前に5年は準備しています」
リュウグウの試料の分析準備には、SPring-8に加え、JAXA、極地研究所、分子研究所、JAMSTECの5チームが関わっている。この5つの組織が協定を結び、リュウグウの試料を分析するために必要なことの準備を始めたのが約6年前の2017年。
この混合チームでは、「リュウグウから持ち帰る試料をどのようにJAXAのクリーンチャンバの中でトレイに移すか」とか「どうやって小分けするか」とか「どうやってSPring-8まで持ってくるか」などのすべてをゼロから検討した。実験は真空中や窒素中でやるので、それに必要な器具や容器を作ったり、手順を考えたり。その都度、新しい技術を取り込みながら進めていった。
「基本的には誰か1人がアイデアを言って、他の人が『それだったら、これが使えるわ』という具合に乗っかり、『じゃあ、試作しようか』という段になると、みんなでアイデアをワーと言い出して…試作が良ければそのままいくし、ダメだったら別の案を考えるといった具合に進めていきました」とのこと。上杉先生は、カーボンナノチューブを使った試料ホルダや、試料を大気にさらさずに運ぶ運搬ボックスをデザインしたりしてチームに貢献した。
この研究プロジェクトで一番エキサイティングだったところを尋ねると、「やっぱりビームラインでデータを取った時ですね」と上杉先生。
5チームの知恵を集めて、輸送のための手段を考え、予行演習を重ね、本番に臨んだのちの最終段階。運ばれてきた試料を専用容器に入れて、SPring-8内につくった実験装置に載せたそのとき。
「みんなの撮影大会が始まったんです」と上杉先生は笑う。
実験室は2,3人が入れば満員の広さ。となりの部屋に待機した10数名のチームメンバーは、代わる代わる実験室に入って歴史的瞬間をカメラに収めた。
リュウグウから来た試料のサイズは3~10ミリ。実験装置に載せてX線CTで断層写真を撮り、となりの部屋にしつらえた大型モニタに映し出す。画像がクリアになるにつれ「あ、見える、見える」とか「なんか、のっぺりしていない?」とかいった声が飛び交う。試料は複数あって、1個ずつCT画像をモニタに映しながら、みんなで議論を進めていった。
「CT画像も全部が一気に出てくるわけではなくて、計算に時間がかかるんですよね。まず1枚目のスライスが見えるのですが、そこから15分ぐらい待ってから全体が見えてきた」
撮影されたスライス画像を上から順番に見ていくと、部屋のあちこちから「おっ」「おー」「あっ、割れている」「あれ、何?この塊」といった声が上がった。その場にいた隕石の専門家が「これは、あれだ」とか「こうかもしれない」とコメントをすると、それを受けて、さらにディスカッションが進んだ。イギリスのメンバーともオンラインでつないで意見を交わした。
リュウグウと水の関係を語る3つの根拠
ニュースでは「リュウグウに水があった痕跡が見つかった」と伝えられた。それはどのようにわかったのだろうか。
「リュウグウの粒子をCT画像でみると、重い物質が明るく、軽い物質が黒く映ります。この画像から炭酸塩鉱物があるのがわかるのですが、これは水がないとできないんです」と上杉先生。
さらには、
「粘土鉱物もいっぱいありました。粘土鉱物があるということは、水があったということです。粘土物質というのは隙間に水がたくさん入ります。よく学校のグラウンドとかに粘土質の場所がありますよね。あれに水をジャバッと入れると、いくらでも薄まったじゃないですか。どのくらい水があったのか、まではまだ分からないのですが、確かに水があった証拠だとは言えます」
SPring-8の実験からわかったのは、水の証拠となるものには3パターンあることだった。「水に濡れたことがある」と「水を含んでいる」と「水そのもの」の3パターン。SPring-8以外の施設でも他の角度から分析を進めているので、全体として水がどれぐらいあったかとかいったことは、これから明らかになってくるはずだ。ちなみに今回の発見は、地球や生命の起源解明が大きく進む手がかりになると期待されているという。
こういった発見は画像を見てすぐわかるのではなく、みんなでディスカッションしながら、じわじわと浮き上がってくるものであるらしい。
「僕は実験装置を作って画像は出せるけど、隕石や鉱物の専門家ではないので解釈はできないんです。だから、画像をダーッと出しながら『これは何ですか?』とか専門の人たちに聞くわけです。すると、そこからワーッと議論が始まるんですよね。ああだ、こうだって。変な話、隕石の講義をその場で受けているような感じでした」と上杉先生は笑って言う。
はじめてとれたデータが正しいと確信できるまで
リュウグウ以前の実験で、何か印象に残っているものはないか尋ねてみた。
「タイヤ事業を行っているメーカーの皆さんとやったゴムの実験ですね。先方からの要望は『ゴムが壊れる過程が見たい』というものでした。走っても削れない、しかしちゃんと止まるタイヤを開発するのが目的です」と上杉先生。
先生によると「この人たちがすごかったのは、スーパーコンピュータも散乱スペクトロスコピーも、何でも使って、総合的にゴムの物性を解明していこうとしていた」こと。SPring-8で撮影したゴムの破壊過程のCT像も大きな役割を果たした。
「1ミリぐらいのゴムをミョーンと引っ張って、そのままグルグルグルグル回して、CT画像を撮るという装置を作ったんですね。かなりお金がかかりましたが(笑)、そのメーカーさん以外にも使いたいというユーザーがいたので、作ればみんなで使えると思ったんです。それで、狙った通りに毎秒2マイクロメートルでゴムを引っ張りながらデータをとってみました」
こうしてとれたCT画像を見てみると、今まで誰も見たこともないことが起こっていた。
「ゴムというのは引っ張れば裂けていくとみんなが思っていたんですよね。ところが、CT画像で見てみると、裂けて見えるところの中に『穴』があったんですね。黒い穴とグレーの穴です」
上杉先生たちは、計算が間違っているかもしれないと再度計算を試みた。しかし、結果は変わらない。撮影条件を変えて再び撮ってみたが、『穴』は相変わらず出てきた。計算を繰り返すうちに、時間は深夜になっていた。あきらめて帰宅した上杉先生。
翌朝、出勤してみると「上杉さん、あれわかりましたよ」とメーカーの一人から声がかかった。「グレーのほうは、たぶん壊れているようで壊れていないんだと思う」というのだ。
「ゴム屋さんじゃないと、そんな発想はなかったですね。それにSPring-8でなければ絶対に見えなかったデータでした。あれは多分、世界で初めて僕たちが見たデータでした。後からわかったことですが…」と上杉先生。
「世界初」というのは、そういうものであるらしい。初めてとったデータが間違いではなく、ウソではないということが確信できるようになるまでには、時間も必要だし、神経も使う。
この結果を生かしてそのメーカー企業は新しいゴムの作り方を考え出し、燃費の低減と耐久性アップの両方を満たす製品開発に成功した。「あれがなかったら、多分そういう大きな話になっていかなかったでしょうね」と振り返る上杉先生。こうした得難い経験を得られることが、先生がこの仕事を続ける原動力になっているようだ。
「本当のプロと一緒に仕事すると、すごく面白いんです。面白い人に会って、面白い研究が一緒にできるというのは大きいですよね。だから僕らも『こういうことができましたよ』と外部に発信するし、それに対して、外部のいろいろな分野から『これを見てみたい』という要望も来る。そんなふうに拡大循環していくようなのがずっと続いているので、めちゃくちゃ忙しいんですけど、面白いのはずっと面白いですよね」
野球少年が研究者の道を進み始めた理由
上杉先生の子供時代について聞いてみたところ、意外や「小学校3年生のソフトボールからはじまり、中学、高校、大学とずっと野球やっていました」という答えが返ってきた。その野球少年が研究者の道を歩み始めたきっかけは何だったのだろうか。
「なんか引っかかったんですよね。大学の学部生のときにX線を使った実習があって、鉱物のデータをとって解析をしたら、オングストローム(1オングストローム=0.1ナノメートル=10⁻¹⁰メートル)の2ケタぐらいの下まで精度よく結晶の格子定数が決まったんですよ」
鉱物というのは、原子がきれいに規則正しく並んでいる。どのぐらいの距離でどんな原子が並んでいるかを測るX線カメラという技術を使って実習をやったところ、計測値と文献値とがオングストロームの小数点以下2ケタまで一致していたのだ。
上杉先生、それを見て「なんだこれ?」と思ったという。「こんな怪しいことができるX線カメラってなんだ?」と。そのインパクトはかなり大きく、上杉先生の心には「これは放っておけない」という気持ちが沸き上がる。その気持ちが高じて、鉱物学の研究室に所属し、そのまま修士課程に進学。
「研究室に入ったら、またとんでもないシミュレーションの技術があって、今度はそっちがやりたくなったんですね。あまりに面白いのでまた『このまま放っておけない』となって…」と豪快に笑う上杉先生。
その後、博士課程に進み、大阪大学からのオファーでSPring-8に関わるようになった経緯は先述の通りだ。
みんなでやれば、楽しさは2倍に、苦しさは半分に
最後に上杉先生の仕事をする上でのポリシーを聞いてみよう。
「ポリシーはあまりないんですが、強いて言えば『ちゃんとやろうや』ですね。自分に対して『ちゃんとやろうや』です。面白いことを見つけると、放っておけないと思ってしまうタイプなので、性格的にはしつこいんでしょうね。だからなおさら『ちゃんとやろうや』です」
今の若い人たちに何かメッセージをとお願いすると、「あまり説教くさいことを言ってもしょうがないんですけどね」という前置きをして、こんな言葉が返ってきた。
「若い人には『一緒に楽しいことをしようよ』と言うんです。『何それ?面白いじゃん。一緒にやろうよ』『やるんなら、うちの装置を貸してあげるよ』とか言うんですよ。変なたとえですけど、よく、結婚は楽しさが2倍になって、苦しさが半分になると言うじゃないですか。研究も同じ、あれですよ、あれ」
楽しいことはみんなでやって、苦しかったら、みんなで分けて薄めればいい。
「今の若い人たちは賢いから、結構一人で完結しているように見受けられることがあるんです。もっとアホなことを周囲に言って、『おまえ、バカだな』と言われるようなところから始めればいいと思うのですが、多分それはカッコわるいのですね」
カッコいいか悪いかは別にして、もっと気軽に周りを巻き込んで、どんどん楽しいことをしていこうよ、というのが上杉先生から若い人たちへのメッセージだ。
賢くなり過ぎず、楽しさも苦しさも分かち合って――。世界初の発見に向き合う最前線の現場には、実に人間臭くて面白い場面が展開されている。だからこそ尽きぬことのない好奇心を満たすことができるようだ。